ジョンヒョン(SHINee )命日を迎えて遺書の内容とその功績

K-POP

韓国のボーイズグループSHINeeジョンヒョンさんが急死してから、1年、12月18日は命日を迎えます。

1990年04月08日に誕生、2017年12月18日、27歳で亡くなりました。

その後、遺書が公開されその内容が明らかになり衝撃が走りました。

ジョンヒョンさんは2005年青少年歌謡祭でSMエンタにキャスティングされ、練習生として3年間過ごしました。

2008年5月25日、SHINeeのメインボーカルとしてデビューし人気を集め、日本デビューもしました。

作詞と作曲も行う音楽的才能を誇り、2015年1月12日にはソロデビューを果たしています。

その才能は色あせる事なく様々な功績を残しました。

 

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ジョンヒョン(SHINee )命日を迎えて

歌手IU(アイユー)さんがSHINeeのジョンヒョンさんの一周忌を迎え、自身のコンサートでジョンヒョンさんを追悼しました。

12月16日、台湾ET Todayの報道によると、デビュー10周年ツアーコンサート「2018 IU 10周年記念コンサート<イジグム dlwlrma>」を開催しているIUさんは、15日シンガポール公演で「憂鬱時計」を歌った。

「憂鬱時計」は過去ジョンヒョンさんとIUさんが一緒に歌ったジョンヒョンさんの自作曲で、IUさんの3rdフルアルバム「Modern Times」に収録された曲です。

報道によると、IUさんはジョンヒョンさんの命日を迎えるに当たって特別にこの曲を選んだと伝えられました。

IUさんは公演で

「次の曲はもともとのセットリストにはない曲です。」

と言及した後、

「この歌は本当に懐かしい人のために歌います。」

と言って「憂鬱時計」を熱唱しました。

12月18日であるジョンヒョンさんの命日を迎えるIUさんだけの追悼セレモニーとなりました。

会場にいたシンガポールなどアジアのファンたちはIUさんの歌を聴きながらIUさんとともにジョンヒョンさんを追悼しました。

ジョンヒョン(SHINee)遺書の内容

SHINeeジョンヒョンさんが自殺した翌日の2017年12月19日、親しかったインディバンドDear Cloudのボーカル、ナインさんがジョンヒョンさんの遺書の全文を自身のインスタグラムに公開しました。

遺書は、

「私は内から故障してしまった。

ゆっくりと私を侵食していた憂鬱は、結局、私をのみ込み、私はそれに勝てなかった。」

という書き出しで始まっており、精神科の医師のもとを訪ねたと思わせる内容もありました。

最後は

「ただ、お疲れと言ってくれ。

これくらいならよくやったと、がんばったと言ってくれ。

逝くことに、温かく笑えなくても責めないでほしい。

よくやった、本当にがんばった。

さようなら。」

と締めくくられています。

遺書はジョンヒョンさんの家族とも相談し、悩んだ末に公開に踏み切ったと伝えられています。

遺書の内容から、繊細な性格のSHINeeジョンヒョンさんはうつ病を患い、最終的に自殺という道を選んだと推測されます。

韓国で放送されたMBC『ラジオスター』に出演したSHINeeのオンユさん、キーさん、ミンホさん、テミンさんは、昨年亡くなったジョンヒョンさんに対して言及し、

「大丈夫とは言えないが、特に公演をして、音楽を発表する時には、4人だけではなく、ジョンヒョンも一緒に活動していると考えてもらったら僕たちも元気が出て、楽しく活動することができるだろう。」

と視聴者たちにお願いをしました。

この日『ラジオスター』に出演することも大変だったと話したSHINee。

ミンホさんは

「『ラジオスター』だから迷ったのではなく、番組に出演すること自体をためらった。

バラエティでは面白く話さなければならないし、僕たちの状況に合うのかどうか心配だった。

アルバムを発売して活動するのが合うと思った。」

と語りました。

そして、

「時間が経ち、心を引き締めて、将来に対してたくさん話し合うなど、安定を取り戻した。

毎日会うスタッフの方々の顔を見るのも辛かった。

しかし、経験すべき過程だと思う。

活動し続けなければならないからだ。」

と覚悟を伝えました。

テミンさんは昨年、ジョンヒョンさんの事件が発生した当時、

「ちょうどソロ活動に欲心が出た頃だったが『メンバーたちが本当に大好きだ』と改めて気付いた時でもあった。」

と話し、言葉を詰まらせていました。

これに対し、涙を流すことができなくて相談を受けたと告白したオンユさんは

「リーダーとして僕は泣いてはいけないと思った。

申し訳ない。」

と話しながら涙をみせました。

キーさんは、

「僕たちはその事があってから、PTSD(心的外傷後ストレス障害)で相談と治療を受けた。

もちろんその事によって僕たちが崩れたわけではない。

乗り越えるという表現もおかしいが、早く現実を認めて活動するためには、他人が話すよりは僕たちが直接話した方がいいと判断した。

すぐに日本コンサートに参加したのもその理由だった。」

と活動を再開した理由に対して説明をしました。

特にキーさんは

「外出することができなかった。

『大丈夫なの?』と言われるのが辛かった。

SNSに『お願いしたいことがある。

いつものように接してほしい。

それでこそ早く現実を認めて、日常へ戻ることができるから。』

と書き込んだ。

日本コンサートはジョンヒョン兄さんとファンの方々のために開催した。

ジョンヒョン兄さんを哀悼し、一緒に良いところへ送ることができる公演ができたらいいと思ったからだ。

その公演は1年前から、5人で活動する時から約束していた公演だった。」

と話しました。

ミンホさんは視聴者とファンたちに、

「僕たちはもう平気になったわけではないが、僕たちが頑張って活動する姿を優しく見守ってほしい。」

と語りました。

JONGHYUN 종현 'Lonely (Feat. 태연)' MV

ジョンヒョン(SHINee )命日を迎えてその功績

12月18日の命日を迎えるにあたって、ネットではシャヲル(SHINee のファンクラブSHINee Worldの略)達の間では、様々な追悼のメッセージが上がっています。

《ジョンヒョンくん、もう1年が経つね。

夜空を見上げるたびに思い出します。

毎日毎日とても恋しくて会いたいたくなります。

あなたに元気をもらったのに返せなくてごめんね。

今もこれからもずっと愛してること忘れないでね。》

《ジョンくん
そっちの世界はあたたかい?

メンバーも私たちもみんな、一生懸命頑張って生きているよ

見守っていてくださいね》

《ジョンへ

元気ですか?って 言葉あってるかなぁ?

時が 経つの早いね…

もう 1年経つよ

人 それぞれだけど 私は ジョンくんの声 聞いて

1年 過ごしたよ。

これからも ずっと ジョンくんの声 聞くよ。

いつか 韓国に行って ジョンくんの会いに行きたいよ…

ジョンくんの声は 宝だよ》

《ジョン君
そちらはでは楽しく過ごせてますか?

よく眠れてますか?

貴方が幸せに過ごせているならそれでいいです。

歌は歌ってますか??

もう一度生まれ変わってもまた歌を歌って聞かせて下さいね。

その時も同じ時代に生きて貴方の声を歌を聞いていたいです。

貴方が毎日幸せに過ごせますように。。

それだけが私の願いです。》

 

素晴らしい才能があったジョンヒョンさんをファンは忘れるはずもなく、1年たってさらに恋しく思えます。

しかし、彼氏の残した功績は計り知れず、これからも、彼の歌声で救われるファンは沢山いるに違いありません。

また、「ビチナ」は17日午後、ソウル・江南(カンナム)に位置するCOEX ARTIUM SM TOWNシアターにて「ビチナ芸術祭」を開催します。

これは、ジョンヒョンさんの1周忌を迎えて開かれる芸術祭となっています。

「ビチナ」とは、ジョンヒョンさんの母親が設立した財団で、様々な文化芸術活動を通して、芸術活動に専念する芸術人らの成長を助ける団体です。

心理相談や治癒のためのセンターを建設、健康な心で芸術活動をおこなえるようバックアップしています。

ジョンヒョンさんのような悲劇がもう二度と起こらないように願っています。

 

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