SHINEEジョンヒョン遺書の意味と友達財団「ビチナ」設立

K-POP

2017年12月18日、SHINEEのジョンヒョンさんがソウル江南区清潭洞の宿泊施設で倒れたまま発見され、病院に搬送されましたが死去しました。

ジョンヒョンさんと親交のあったバンド「Dear Cloud(ディアクラウド)」のメンバーのナインさんは、12月9日10日のジョンヒョンさんのソロコンサートの2、3日前に本人から遺書を託されていました。

自分が死去したら公開するよう依頼されていたといいます。

ナインさんは悩んだ末、ジョンヒョンさんの家族と彼の事務所に遺書を提示しました。

その、意味はどのようなものだったのでしょう。

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SHINEEジョンヒョンの遺書の意味とは?

2017年12月19日、ジョンヒョンさんが亡くなったことが伝えられると、ナインさんは自身のインスタグラムに、

「ジョンヒョンの家族と相談の末、彼の遺言により遺書を掲載します。ジョンヒョンのためにできる最後の仕事をしなければならないと決意しました。」

と論争を巻き起こす可能性があることを踏まえたうえで、遺書の全文を掲載しました。

そこから読み取れるジョンヒョンさんの苦悩がファンの悲しみを倍増させました。

「僕は内側から故障した。

ゆっくり僕を食い荒らした憂鬱は結局は僕を飲み込み、
僕はそれに打ち克てなかった。

僕は僕を憎んだ。

途切れる記憶を掴み、いくらしっかりしろ、と叫んでも答えはなかった。
詰まった息を楽にしてあげられないなら、いっその事、止めたほうがいい。

僕に責任が持てる人は誰か、と聞いた。

君だけだ。

僕は一人だった。

終らせるという言葉は簡単だ。

終らせることは難しい。

その難しさで今まで生きてきた。

逃げたいこと、だと言われた。

そう、僕は逃げたかった。

僕から。

あなたから。

そこにいるのは誰かと聞いた。

僕だと言った。

また僕だと言った。そして、また僕だと言った。

なぜ何度も記憶を失うのか、と言った。

性格のせいだと言われた。

そうですね。

結局は全て僕のせいですね。

気付いてほしかったが、誰も分かってくれなかった。

僕に会ったことがないから、僕がいるのも知らなくて当然だ。

なぜ生きるか聞いた。

ただ。ただ。みんなただ生きているらしい。

なぜ死ぬのか、と言われたら、疲れたからと言いたい。

苦しめられ、悩んだ。

うんざりする痛みを歓喜に変える方法は学んだこともない。

痛みは、痛みでしかない。

そうしないで、と僕を責めた。

何故だ?どうして僕は僕の思い通りに終わらせてはいけないの?

なぜ痛いのかを見つけて、と言われた。

とてもよく分かっている。

僕は僕のせいで痛い。

全部僕のせいで僕が悪いのだ。

先生、こんな言葉が聞きたかったんですか?

いいえ。僕は何も間違っていません。

落ち着いた声で僕の性格のせいだと言われた時、医者はとても楽なもんだなと思った。

なぜここまで痛いのか、不思議なくらいだ。

僕よりつらい人々もちゃんと生きているのに。

僕より弱い人もしっかり生きているのに。

違うかもしれない。

生きている人の中で僕よりつらい人はいないし、僕より弱い人もいない。

それでも生きていけと言われた。
なぜそうしなきゃいけないのか数百回も聞いても、僕のためではない。

あなたのためだ。

僕のためだと思いたかった。

知らないくせに、勝手に言わないで。

なぜ辛いかを考えてみなさいなんて。

何回も言っただろう。

なぜ僕が辛いのか。

それだけでこんなに辛くてはいけないのか?もっと具体的なドラマが必要なのか? もっとエピソードがあってほしいのか?

もう言っただろう。

もしかしたら聞き流したんじゃないの? 克ち抜くことができるものなら傷は残らない。

世界とぶつかるのは、僕の役割じゃなかったみたい。

世の中に知られるのは、僕の人生じゃなかったみたい。

みんなそれで大変だと言った。

ぶつかって、知られて辛かった。

なぜそれを選んだのか。

笑えるもんだ。

今まで耐えてきたのが不思議なくらいだ。

何をもっと言えるか。

ただお疲れさま、と言ってほしい。

これまでよくやったと。

ご苦労さまと言ってほしい。

笑うことはできなくても、責めたままで送り出さないでほしい。

お疲れさま。

本当にお疲れさま。

さようなら。」

韓国の芸能界では、若いアーティストの自殺が絶えません。

そこには、事務所との奴隷のような契約、必ず成功したいという欲望、家族を食べさせる為のやめられない仕事など、様々な要因があると考えられます。

ジョンヒョンさんも本当は、ただ、音楽が好きで、創って歌う事が好きな芸術家だったのです。

表舞台が得意ではなかったのですね。

SHINEEジョンヒョンの遺書と友達

ナインさんはジョンヒョンが生前、自身に遺書の公開を頼んだ理由について、

「何日か前からジョンヒョンが私に暗くて深い内面について話したりしていました。

毎日がとても辛かったようです。

今もこの文章を公開することが合っているのか怖いですが、ジョンヒョン本人から僕が世界から消えたらこの文章を必ずナインが直接公開してほしいと頼まれました。

こんな日が来ないことを祈っていましたが…家族の方と相談して、彼の遺言に従い遺書を公開します。

必ず私に頼んだ理由があると思っています。

騒動になることも予想され心配もしています。

しかしそれまでも予想して私に頼んだと思い、私がジョンヒョンのためにしてあげられる最後の仕事をしなければならないと決意しました。」

と説明しました。

ナインさんとジョンヒョンは生前、音楽的同僚として親しく過ごしていた間柄でした。

ジョンヒョンさんは2014年2月から2017年4月までの約3年間、MBC FM4Uの看板ラジオ「青い夜」のDJとして活動しました。

ナインさんは、ラジオ「青い夜」の「ロンリーハーツクラブ」の固定ゲストとして出演しジョンヒョンとの思い出を築きました。

ジョンヒョンが海外スケジュールのためにDJの席を空けることになった時は、スペシャルDJの担当もしました。

そんな経緯から、ジョンヒョンさんは最も信頼できるナインさんに遺書を託したのでしょう。

SHINEEジョンヒョンの財団「ビチナ」設立

2018年9月6日、ソウル市内で財団法人「ビチナ」の設立式が開催されました。

この知らせと共に、ジョンヒョンさんの母親イ・ウンギョンさんのインタビューを公開しました。

このインタビューによると、財団名「ビチナ」は光に向かって進んでいく術を知っていた息子(ジョンヒョンさん)を失ったイ・ウンギョンさんが、息子と同じ道を歩む若い芸術家たちを支えようと設立した団体であるそうです。

所属事務所をもたない若い芸術家たちを助け、大衆活動の中で大小様々な傷を負った彼らを癒やす心理相談センターを設けるのが主要目的です。

イ・ウンギョンさんは、

「未だに、どこかに行けば息子の声が録音された音楽が流れていて、つらい思いをしています。

息子はこの世を去ったが、ジョンヒョンの音楽を好きでいてくれる方々がいるということに、いつも感謝しています。」

とし、

「ジョンヒョンは天国へ旅立ったが、ジョンヒョンの音楽はこの世に残っています。

ジョンヒョンが残した音楽の著作権料を土台に、財団を運営していきます。」

と語りました。

「ビチナ」はジョンヒョンさんの命日である毎年12月、芸術祭を開催する予定です。

 

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