BoAの功績、k-pop切り開いた道

K-POP

2000年に韓国デビュー、2001年に日本デビューしてヒット曲を出したBoAも31歳になりました。2004年には「メリクリ」が大ヒットして未だにクリスマスの定番として知られています。2002年には「LISTEN TO MY HEART」をリリース。日本有線大賞本賞、第44回日本レコード大賞本賞受賞。2003年には第17回日本ゴールドディスク大賞本賞受賞。一躍その名前を日本でも知られる様になりました。
紅白歌合戦にも出演し、日本活動の先駆者として活躍しました。
その後アメリカデビューも果たしましたがビルボードチャート127位のやっとでした。本国に戻って活動しています。日本でも今も人気はありますが、少し前の人という印象です。しかしながら、日本でのk-popを広めたその功績は計り知れないものがあります。慣れない日本での活動、言葉の壁、韓国と違う芸能界の掟など様々な困難を乗り越えてきました。
その歌唱力やダンスのスキルの高さは健在です。

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ミニアルバムにみる存在感

韓国で2年9ヵ月ぶりにリリースしたミニアルバム「ONE SHOT TWO SHOT」はBoAならではの華やかなダンス曲で中毒性のあるフレーズが特徴の曲です。振り付けも流石に先駆者だけの事はあるシャープで切れのいいBoAでなければ出来ない難しいものとなっています。現在ガールズグループが混在している中でどうしてもソロ女性アーティストはボーカリストとして印象の強い人が多いのですが、唯一ずっとダンス+歌唱を守って来たのがBoAではないでしょうか。

その仕事ぶりをリアリティ番組「キーワード#BoA」(2018年)で見る事が出来ます。
shineeのキーがリアリティ番組として自身がファンである同じ事務所の先輩BoAに密着しました。キーは芸能界に入る前からのBoAのファンでファンクラブにも入っています。同じ事務所に入ってからも嬉しさもありつついつも少し距離を保って来たといいます。あまり親しくなってしまうと自分の思い描いているBoA像が壊れてしまいそうで怖かったといいます。キーも大人になり同じ道を行くものとして改めてBoAと語り合い本音を聞き出します。仕事に対してはストイックに手抜きをせず時間をかけます。激しいダンスのせいで股関節を痛め痛み止め注射を打ちながらの練習。妥協しないプロ根性に周りからは気の強い印象さえ漂わせます。しかし、キーの手料理でその印象が一気に緩み普通の女性に戻ります。その事はBoA自身、「どうしても仕事をいい加減にできない。そういう性格なんだ。」と漏らします。キーは「姉さんは働き過ぎだ。SMエンターテイメント(事務所)の3階部分は姉さんが建てた様なものだ。」とBoAを笑わせます。同じ事務所に居ながらその苦労をお互い見て来たからこそ分かる安心感のようなものが2人の間にありその時だけはBoAも明るい少女のような雰囲気になりました。

女性アーティストの先駆者として

今は韓国を中心に活動しているBoAですが、日本でもSMtownなど事務所のイベント時には来日し、そのパーフォマンスを観せてくれています。k-popの先駆者としてこれからも高いスキルを見せて欲しいし、ガールズグループの子達が例えば脱退してソロになった時のお手本としてのアイコンになってもらいたいものです。
日本では安室奈美恵が今年引退をします。女性としてあれだけのパーフォマンスをあの歳までやって来た功績は素晴らしいと思うと同時にやはりそこには終点があり、それが、安室奈美恵の美学なのでしょう。BoAが同じタイプなのかは分かりませんが、いずれ来るその時まできっと手を抜かず体に鞭を打って頑張り続けるに違いありません。しかし今後はもう少し肩の力を抜いて自分自身楽しんでパーフォマンスする事もいいのではと思います。ファンとしては少しいい加減なBoAも見てみたい気もします。

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